緑のトンネル
自分のことを「隠居」と言ったりする。いちおう、仕事らしきものはしているけれど、胸を張ってそういうのが恥ずかしい…そうなのかな。いやどうかわからない。
横尾忠則『隠居宣言』(平凡社新書)を読む。「隠居は時間からの解放だ」(p107)。であれば、わたしはほんとうに時間から解放されているんだろうか。そうとも限らない。「隠居の思想の核は遊びである」ともある(p48)。それはそうだ、いまや遊びの要素がなければ体が受けつけない。全体的に無理ができなくなった結果、けっこうはっきり、いやなものはいや、と言っていたりする。好きなことしか続かない。結局、本を読んだり、さわったり、ということだけれども。
きのう、宝ヶ池のブックオフに行った。狐坂のトンネルの手前で池の畔への道をとる。池のおもてにさざ波が立ち、周囲は緑のトンネルだ。新緑が笑っている。
江藤淳『妻と私・幼年時代』武藤康史編の年譜、文春文庫、小林信彦『おかしな男 渥美清』文春文庫、武田百合子『日々雑記』中央公論単行本、岸本佐知子『気になる部分』白水社単行本、トーベ・ヤンソン『ムーミン一家とメイドのミザベル』ベネッセ、『小泉今日子×こぐれひでこ 往復書簡』SSコミュニケーションズ、など多数。
本に埋もれている、モモ。『ワルシャワの七年』新潮選書は、先週、青空古本店で見つけたもの。ブルーノ・シュルツの訳者、工藤幸雄さんの随筆。これを読むのも楽しみ。
あ、そうそう、大島弓子の「グーグーだって猫である(4)』が5月30日に出るらしい。うれしいな。









